カテゴリー: 囲碁

  • 囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その16

    囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その16

    本因坊秀和との対局です。

     

    これまで秀和とは3子の対局しかありませんでしたが、今局は2子局です。

     

    この時の秀和は既に本因坊家の跡目であり、22歳で七段の打ち盛り。

    その秀和に対して2子で打てるというのはとても凄いことなのです。

     

    この時、秀策は13歳。

    素晴らしい先輩棋士が同門ですぐ近くにいたことは秀策にとって、とても幸運だったと思います。

     

    それでは早速対局の方を見ていきましょう!

     

     

    秀和が先輩としての貫禄を見せつけた1局でした。

     

    普通2子局の白番だと、自分の石が薄くても若干無理気味に打ち進めることが多いですが、この碁はそういうシーンがあまりありませんでした。

    確かに打ち込んでいって攻められる場面はあったのですが、黒が攻めの利益をあまり得ることができない碁形にされていたように感じます。

    どこまでが秀和の読み筋かは分かりませんが、おそらくずっと初めからそういう形に持っていくように打っていたのだと思います。

     

    さすがの秀策もこの内容には感服したかもしれません。

    しかし、兄弟子である秀和は秀策が上に登っていくためには必ず超えなければならない壁なのです。

     

     

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  • 囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その15

    囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その15

    その14に続き葛野忠左衛門との対局です。

     

    この対局は秀策の先番です。

    2子では全く隙を見せずに完勝した秀策ですが、先番ではどうだったのでしょうか。

     

    2子と先番というと置石が1つしか変わらないので、対して影響は無いんじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

    しかし、打ってみると分かりますがやはりかなり違います。

     

    普通2子局では4隅のうち3隅は黒が占めることができます。

    それが先番では2隅しか取ることができませんよね。

    囲碁では隅を抑えているのはかなり有利なので、この差が意外に大きいのです。

     

    加えて下手からすると今まで置石を置いて打っていたのが、いよいよ置石無しの対等になったという緊張のようなものがあります。

    置碁では上手である白から打ちますが、先では黒から打ちますよね。

    これが意外と嬉しかったりします笑

     

     

    それでは早速対局の方を見ていきましょう!

     

     

    この碁は白の忠左衛門の好局だったのではないでしょうか。

     

    序盤から地ではなく厚みを重視して打ち進め、最終的には中央に大きな地模様を形成しました。

    地合いでも厚みでも戦えるという、理想的な展開に持ち込んで黒を押し切った印象です。

     

    むしろ黒の秀策の方があまり手が伸びず、終始打ちづらそうな感じを受けました。

    初の先番ということで少し緊張したでしょうか。

     

    白の地で遅れても焦ることなく、手厚く構える打ち方はとても参考になりました。

    何度も並べて勉強したいですね。

     

    この時期、本因坊秀和や忠左衛門など、数多くの先輩棋士に鍛えられて秀策はドンドン強くなっていきました。

    時には本因坊家以外の棋士と対局することもあったでしょう。

    碁界全体で秀策という天才棋士を育てたといえるかもしれませんね。

     

     

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  • 囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その14

    囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その14

    葛野忠左衛門との2子局です。

     

    葛野忠左衛門は秀策とたくさん対局しており、これから何度も出てくる名前です。

    この人はとても波乱万丈な人生を歩みました。

     

    父は本因坊丈和(名人)、弟に中川亀三郎(方円社社長、準名人)という囲碁界のエリートとして生まれます。

    幼い頃から囲碁の才能を発揮し、13歳ごろに本因坊家に入門。道和を名乗ります。

    将来を嘱望されるのですが・・・

    同い年に天才、本因坊秀和がいました。

     

    2人は好敵手として切磋琢磨して技を磨いていき、四段までは同じペースで昇段します。

    しかし道和は眼病を患い、囲碁から一時離れることを余儀なくされます。

     

    その間に秀和は昇段し、本因坊家の跡目として地位を確立します。

    この時代、一門の家元、跡目は1人しかなれませんので、この競争に負けた道和の棋士としての将来は絶たれたことになります。

    眼病を患うことなく棋道に邁進していたのならどうなっていたのか・・・

    もしかしたら秀和という棋士の代わりに道和が本因坊家を継いでいたかもしれません。

     

    本因坊家を継ぐことができなくなり、失意の底にいた道和ですが、この後が激動の人生でした。

    他家である水谷家、そして井上家と渡り、最終的には井上家の家元となり、12世井上因碩を名乗るまでになります。

    本因坊丈和の息子が他家である井上家の家元になるというのは、とても珍しいことで当時では大きな出来事であったことは間違いありません。

     

    この他にもいろいろなエピソードがあり、書き出すととても長くなりそうなのでまた別の機会に分けて書きたいと思います。

     

     

    それでは対局の方を見ていきましょう!

     

     

     

    黒の完勝だったように思います。

     

    左辺の戦いで白に誤算があったのか、一気に黒がポイントをあげたと感じました。

    一度優勢になってからの黒の打ちまわしはとても見事で、隙を見せることなく押し切りました。

    この逃げ切り方は勉強になります。

     

    この時代は現代のように持ち時間がありませんので、優勢になってからの逆転負けというのが滅多にありません。

    十分に時間を使って形勢判断ができますし、ヨセもいくらでも考えることができるのでとても正確です。

    ヨセの勉強にはこの時代の棋譜並べが適していると思います。

     

    この時代の碁はそういうものだと知った上で棋譜を鑑賞するといいのではないでしょうか。

    現代はプロの碁でも秒読みに追われて終盤にひっくり返ることがよくあります。

    現代と江戸時代では持ち時間という観点で見ると全く別のゲームなのです。

     

     

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  • 囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その13

    囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その13

    伊藤松次郎との2子局です。

     

    その4の記事では3子局で打っていたのですが、その時から約2年が経過しています。

    この対局が1842年ですので、秀策はもうすぐ12歳という年齢です。

     

    12歳で七段の松次郎に2子とは本当にすごいことだと思います。

     

    当時の七段は「上手」といって現在のタイトルホルダークラスと言われています。

    七段の上の八段は「準名人」と言われ、江戸時代の長い歴史上でも数える程しかいません。

    更にその上、九段は「名人」と言われ、当時の囲碁界において名実ともに頂点の棋士になります。

    名人、準名人は当時別格の棋士とされていましたので、まずは七段上手が全ての棋士にとっての目標でした。

     

    現代とは段位の価値が全然違いますので、古碁を鑑賞する際は段位にも注目すると面白いかもしれませんね。

     

    それでは早速対局を見ていきましょう!

     

     

    黒の秀策少年が終始ペースを握り、最後まで隙を見せずに押し切りました。

     

    途中白の松次郎も上手らしい巧みな打ち回しを見せたのですが、秀策は惑わされませんでしたね汗

    いくらプロとはいえ並みの子供だと、上手がややこしくややこしく打ってくると騙されてしまうことが多くあると思うのですが・・・

    やはり読みが正確で形勢判断もしっかりしているため、足取りが乱れることが少ないのでしょうね。

     

    全盛期の秀策は正確な形勢判断を武器に簡明に勝ち切ることを得意としていました。

    もちろん白番などではすごい力を発揮して戦い抜くこともあるのですが、共通しているのは深い読みと正確な形勢判断が秀策の強さの秘訣だということです。

    12歳というこの時代からその片鱗は十分に感じることができます。

     

     

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  • 囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その12

    囲碁の棋譜【本因坊秀策】感想を書いてみる〜その12

    石川乙次郎(善八?)との対局です。

     

    少し調べてみたのですが、この石川乙次郎という棋士の情報が見つかりませんでした。

    記録が残っていないのかもしれません。

     

    現代まで残っている昔の棋譜ではよくあることです。

    対局者の名前しか分からず、どういう人か情報が無いということは結構あります。

    秀策の活躍した時代は江戸の末期ですので、だいぶ記録や文献がしっかり残っている方ですが、もっと前の時代の棋譜では対局者の情報が不明という棋譜はよくあります。

     

    この石川乙次郎さん、どこの家元なのかも不明ですが対局内容はとても立派な内容だと思います。

    棋士としていい碁を残すことで150年以上経った今でもこうして名前だけは残ります。

    そう考えると何だかすごいことですね。

     

    それでは早速対局を見ていきましょう!

     

     

    敗れはしましたが、秀策少年と先番で2目負けと好勝負を繰り広げています。

     

    途中、秀策が上辺の黒を大きく取り込み、はっきり優勢かと思いましたが、黒も左下を立派にまとめ上げて計算してみると意外と細かくて驚きました。

    最後はキッチリ秀策が2目残しましたが、黒もしっかりと戦い抜いたと思います。

     

    棋譜が残っていないだけでこの時代ももっとたくさんの棋士がいて、数多くの対局が打たれていたんでしょうね。

    プロ棋士として棋譜が残るということは、何百年先までこうして人の目に入るということです。

    私たちアマチュアには関係ないですが、プロの方にとって棋譜が残る対局は気合いが入るというのは何となく分かる気がします。

     

     

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  • 【第43期囲碁天元戦第3局 】井山天元が3連勝でタイトル防衛!一力挑戦者を力でねじ伏せました!!

    【第43期囲碁天元戦第3局 】井山天元が3連勝でタイトル防衛!一力挑戦者を力でねじ伏せました!!

    11月24日に「第43期天元戦第3局」が行われました。

     

    平行で行われていた王座戦では3連勝で一気にタイトル防衛を決めた井山天元。

    この天元戦でも2連勝と勢いに乗っており、一力挑戦者としてはまずは1勝をあげて流れを変えたいところです。

    →天元戦第1局の棋譜と感想はこちら

    →天元戦第2局の棋譜と感想はこちら

     

    →王座戦第1局の棋譜と感想はこちら

    →王座戦第2局の棋譜と感想はこちら

    →王座戦第3局の棋譜と感想はこちら

     

    七冠復帰、LG杯決勝進出、王座防衛と、ここ最近勝ちっ放しの井山天元。

    碁の内容を見ていても本当に充実しているのを感じます。

     

    一力挑戦者も王座戦、天元戦と碁の内容は決して井山天元に劣っているとは思わないのですが・・・

    最後の最後で井山天元が勝利を掴むところを見ると、勝負強さ・勝ちへの執念といったところでまだ井山天元の方が1枚上手ということなんでしょうか。

     

    井山天元が3連勝で一気にタイトル防衛を決めるのか!?

    それとも一力挑戦者が待望の1勝をあげて流れを変えるのか!?

    注目の第3局、早速結果を見ていきましょう!

    (さらに…)

  • 【第65期囲碁王座戦第3局 】井山王座が圧巻の内容で3連勝!王座を防衛して7冠を死守しました!

    【第65期囲碁王座戦第3局 】井山王座が圧巻の内容で3連勝!王座を防衛して7冠を死守しました!

    11月20日に「第65期王座戦第3局」が行われました。

     

    11月18日に行われた第2局から2日という短い間隔で打たれた1局です。

    対局場も第2局と同じ神戸ということで、なかなか珍しい対局スケジュールですね。

    それだけ両対局者が絶好調で、他にもいろいろな対局があるということなんでしょう。

     

    第1局、第2局と井山王座の連勝で迎えたこの第3局。

    一力挑戦者からするとまずは1勝をあげて流れを変えたいところです。

    →王座戦第1局の棋譜と感想はこちら

    →王座戦第2局の棋譜と感想はこちら

     

    井山王座が怒涛の3連勝で一気に防衛を決めるのか!?

    それとも一力挑戦者が待望の1勝をあげて待ったをかけるのか!?

    早速見ていきましょう!

    (さらに…)